2012.05/03 [Thu]
雨が降りつづいてます。とりとめのない妄想を一つ。
あめあめふれふれかあさんが〜
椎野です。
湿気とぬるい風のせいで、ボンヤリと妄想の時を過ごしています。
先日実家に帰りましたら、母の本棚に母が読みまくってボロボロにした
『ペン字手本つき 女子手紙とはがき文』(著書 仁羽秋雄 書 三室小石)
という本を発見しました。
いや、正確に言いますと、その本の存在は前々から知っていたのですが、
なんか変な本だなぁと思い、手にとって読んだことがなかったのです。
表紙には、日の丸と日本人形と万年筆とカレンダーが
意味ありげに写っていて、
その表紙の上には、あたしか姉が書いた黒ペンの抽象画が書かれています。
とても母らしい浪漫ちっくな本で、
母の年代くらいの女性は、手紙をこんな風に書いていたのかと
その表現の豊かさ、丁寧さに舌をまきました。べろり。
この本が出たのが、昭和46年(1971年)ですから、
唐さんの作品でいうと、『吸血姫』くらいですね。
さて、ページを繰ってみましょう。
はしがきにはこうあります。
「手紙の様式や作法や文体というものも時代と共に変って行きます。
本書は新しいセンスを盛ったたくさんの模範文例と上手な手紙の
書き方のコツを挙げ、一読でどなたでも直ちにこれを引例応用し
て上手に心温まる手紙を認(したた)めることのできるよう編集
いたしました。この意味で最も新しい女子手紙文範として女性の
方々の座右必備の書となるものと自負しております。」
全ての漢字にルビがふってあります。
とても親切な本です。
にやにやしながら、どんな小粋な文章をブログに書いてやろうかと
本をパラパラとめくっていましたら、なんと、母がそうしたであろう
オシバナ
いや正確に言うと、
オシハッパ
が、
はらぁり
と頁の間から落ちました。
「やられた・・・」
思わずつぶやきました。
なんだ、この、ろまんてぃっくな趣味は・・・
なんか、もう、
本の間に植物を挟んでオシバナを作る、
という母の乙女チックな趣味に完敗を悟ったわたくしは、
文章なぞどうでもよくなってしまいました。
そう、うちの母は完全な、
自分でそれとは気づいていない
まるで客観性を欠いた
完璧な乙女チック少女でした。
シロツメクサでお花の冠を作ることを教えてくれたのは母です。
かわいらしい女の子の絵を書いてくれたのは母です。
母のあぐら姿なんてみたことありません。
最も乙女チックな人間の近くにいたのに
私はその感性を磨くことができなかったように感じます。
自然の優美さ、自然の風物に託して自分の思いを遠回しに伝える。
風鈴の音に恋心をのせてみて、本当にその風鈴が
うじうじして言えない、恋心を運んでくれるような気になって。
でも、なんかうまく伝わらなくて、あーだこーだ言葉を費やし
遠回しな表現過ぎてワケワカラナクナッタ頃、やっと伝えたいことを言う。
いや、むしろ伝えたいことを相手に言わせる。そんな文章述。話術。
そうか。。。
なるほど。
唐さんの物語に出て来る人々も、みんなこんな風に遠回りしてたっけな。
そうか。あたし雑だからなぁ。
すぐ開きなおるし。
ね。
わたしは、オシバナを元にあった
頁と頁の間に戻し
ごろりとふとんにネッ転がり、
ふう、とため息をつきました。
そうねぇ
明日は、たんぽぽの綿毛でも飛ばしてみるか。
椎野です。
湿気とぬるい風のせいで、ボンヤリと妄想の時を過ごしています。
先日実家に帰りましたら、母の本棚に母が読みまくってボロボロにした
『ペン字手本つき 女子手紙とはがき文』(著書 仁羽秋雄 書 三室小石)
という本を発見しました。
いや、正確に言いますと、その本の存在は前々から知っていたのですが、
なんか変な本だなぁと思い、手にとって読んだことがなかったのです。
表紙には、日の丸と日本人形と万年筆とカレンダーが
意味ありげに写っていて、
その表紙の上には、あたしか姉が書いた黒ペンの抽象画が書かれています。
とても母らしい浪漫ちっくな本で、
母の年代くらいの女性は、手紙をこんな風に書いていたのかと
その表現の豊かさ、丁寧さに舌をまきました。べろり。
この本が出たのが、昭和46年(1971年)ですから、
唐さんの作品でいうと、『吸血姫』くらいですね。
さて、ページを繰ってみましょう。
はしがきにはこうあります。
「手紙の様式や作法や文体というものも時代と共に変って行きます。
本書は新しいセンスを盛ったたくさんの模範文例と上手な手紙の
書き方のコツを挙げ、一読でどなたでも直ちにこれを引例応用し
て上手に心温まる手紙を認(したた)めることのできるよう編集
いたしました。この意味で最も新しい女子手紙文範として女性の
方々の座右必備の書となるものと自負しております。」
全ての漢字にルビがふってあります。
とても親切な本です。
にやにやしながら、どんな小粋な文章をブログに書いてやろうかと
本をパラパラとめくっていましたら、なんと、母がそうしたであろう
オシバナ
いや正確に言うと、
オシハッパ
が、
はらぁり
と頁の間から落ちました。
「やられた・・・」
思わずつぶやきました。
なんだ、この、ろまんてぃっくな趣味は・・・
なんか、もう、
本の間に植物を挟んでオシバナを作る、
という母の乙女チックな趣味に完敗を悟ったわたくしは、
文章なぞどうでもよくなってしまいました。
そう、うちの母は完全な、
自分でそれとは気づいていない
まるで客観性を欠いた
完璧な乙女チック少女でした。
シロツメクサでお花の冠を作ることを教えてくれたのは母です。
かわいらしい女の子の絵を書いてくれたのは母です。
母のあぐら姿なんてみたことありません。
最も乙女チックな人間の近くにいたのに
私はその感性を磨くことができなかったように感じます。
自然の優美さ、自然の風物に託して自分の思いを遠回しに伝える。
風鈴の音に恋心をのせてみて、本当にその風鈴が
うじうじして言えない、恋心を運んでくれるような気になって。
でも、なんかうまく伝わらなくて、あーだこーだ言葉を費やし
遠回しな表現過ぎてワケワカラナクナッタ頃、やっと伝えたいことを言う。
いや、むしろ伝えたいことを相手に言わせる。そんな文章述。話術。
そうか。。。
なるほど。
唐さんの物語に出て来る人々も、みんなこんな風に遠回りしてたっけな。
そうか。あたし雑だからなぁ。
すぐ開きなおるし。
ね。
わたしは、オシバナを元にあった
頁と頁の間に戻し
ごろりとふとんにネッ転がり、
ふう、とため息をつきました。
そうねぇ
明日は、たんぽぽの綿毛でも飛ばしてみるか。






